
今日、無事にフィンランドに帰ってきました!
うあー、やーっぱさっむーいわ。ローマとの温度差25度!
再びマイビオラのお留守番してた舞さんのおうちに戻ってきて、我が家のようにくつろがせていただいてます。
ヘルシンキ滞在も、もうたったの二日で終わりなのですが、まだまだ会う予定の人は絶えません(笑)おみやげ買う時間確保できるかな。
ここで、プラハでのミヒャエラとのお別れ以来、ブログ更新がおろそかになってた期間に出会った方々との思い出を、写真とともにざっと追想してみたいと思います。

読み返すのも恥ずかしい日記にすこし書き留めましたが、ピルゼンでは、いつかの恩師であり2年ぶりの再会となる川本先生ご夫妻、そして新たに、スロヴェニアフィルの副指揮者をされている米津俊広さんご夫妻との出会いが待っていました。

本番直後に、先生の楽屋で。

奥様とっかえバージョン
この長い旅のなかでもとりわけ印象深く、たくさん心を揺さぶられたピルゼン滞在でしたが、毎日ビールと音楽は十分すぎるほど堪能したけれど、写真整理していると、この街ではまったく観光せずじまいだったことに気づく・・・。
ちなみに唯一行ったといえば、やっぱり美味しい試飲つきのビール工場見学くらいです。
まあ、滞在中、お天気もずっと雪か雨だったしなー。
私は履歴書にかけるくらい晴れ女。川本先生も晴れ男。
だけどこの二人が一緒になると、これまた必ず、天気急変して雨が降るのが定説なのです。83回定演のときも、ドイツで会ったときも、そして今回も。
(で、お別れしたとたんやっぱり晴れるんだよね〜。この旅でも、あとはほぼ全勝でした)

先生の公演のポスター激写

ちなみにこっちは、街の各バス停に貼ってあった公演スケジュールのポスター。
はい、もろ誤字ですね。
川本サポーター大集結ですごくすごく楽しかったピルゼン滞在時間もあっという間に過ぎ去って、27日の朝に、川本カーに乗り込んで、ピルゼンを発ちました。
この日は一日がかりで大移動です。
まずピルゼンから数十分西にはしったところで、最初の国境、チェコ=ドイツ間をまたぎました。
チェコが最近シェンゲン協定に加盟したので、パスポートコントロールは一切なし。

先生がわざわざ関所に一時停車してくれたけど、なーーんもなくて、景観も普通で、ちょっとがっかり・・・。
でも、この車内で先生が何気なくしてくれた言霊のお話は、今でもがつんと胸に刻まれていますよ!
素晴らしい進言を、ありがとうございました!!
ドイツ突入してしばらく走って、先生の新しいおうちに立ち寄りました。
ドイツに永住権をもってる先生は、今もドイツのはじから毎回チェコ通勤してらっしゃるんです。
噂には聞いていたけど、すんごい風光明媚で美しいところ。
窓からの眺めも、おうちの可愛らしさも、全部がうらやましかった。。
私はせっせと先生の写真のトリミング補正に精を出していたのですが、いつの間にか男女でくつろぐ部屋が分かれてしまっていて、私の傍らで繰り広げられていた“指揮者婦人会”の談話が、実に興味深かったです。
指揮者の奥様って、もうそれで立派なひとつの役職だと思う。
実務的にも、もちろん精神的にも、国際的に活躍される指揮者を支える立場にある最愛のパートナーたちは、ある意味で本人たち以上に逞しく、健気。
一緒に大きな夢の続きを追いかけようと覚悟を決めているのが、ひしひしと伝わってきて、私まで胸が熱くなってしまった。
そして帰るまえに奥様からいただいたお昼ご飯が、この旅はじめての(正確にはイナリ寿司以来の)純日本食!!
しかも、このバルト海産サーディンを使った炊き込みご飯は、前回先生の旧宅を訪ねたときも、帰りに先生自らが握り飯にして持たせてくれた、思い出の味でもあります(笑)
それはもう、嗚咽がもれそうなくらい、お出汁と仙台味噌の味が五臓六腑に染み渡りました・・・

本当のお別れ前に、先生と。
ほんまに今回はいろいろありがとうございました。
これから社会に出て行くのを前に、実にたくさんの刺激とパワーを与えてもらえました。
次は、絶対に夏に東京でご馳走させていただきます!
そして今度は米津さんの車に乗り込んで、さらにドイツを南下します。
どんどん、山並みが「アルプス」らしくなってきます。
外が暗くなりきる手前、ミュンヘンを抜けて、ようやくオーストリアとの国境を通過!
わおー久しぶりのザルツブルクだー!
立ち寄る時間はありませんでしたが、中野先輩、元気にやってらっしゃるでしょうか?
確かこのあたりから、なかなか雪がひどくなってくる。
けれど、あるときぴたっと止んで、すぐに満点の星空が顔を出して・・・
大移動してると、当然ながらお天気の変化もめまぐるしいものです。
オーストリアをひたすら横断して、お二人のホームタウン、そして私のつぎなる目的地、スロベニアの首都リュブリアナに到着したのは夜の9時ごろだったでしょうか。
みなさん、長旅、本当にお疲れ様でした。
特に、たった2回の休憩だけで、ずっとお一人で安全運転してくださった俊広さん、本当にありがとうございました!!
リュブリアナのホステルに送っていただく前に、夕食を・・・ということで、あえてスロベニア料理ではなく、奥様の発案によって市内のとある中華料理屋さんに行ったのです。
実はここは、奥様がスロベニアにやってきて初めてかかったホームシックで、ついに何もたべられなくなってしまって、そのときにお二人ですがる思いで来店したお店だったのだのだとか。
で、ここのスープを一口飲んだ瞬間、思いがけず、美味しいという前に涙がつたったのですって。ええ話ですねえ。
お料理自体も、海外の中華料理屋としてはなかなか例をみない日本人好みの美味しさ。三人で感嘆の声をあげながら、無条件に心身に染み渡る懐かしい味とスロベニアビールを存分に楽しみました。
この素敵なご夫妻のことや、今回川本先生を通じて知り合えることになった、スロベニアを拠点にされる指揮者米津俊広さんのご活躍のことなど、是非是非また改めてこのブログでも発信していきたいところなので、取り急ぎ、彼のホームページのリンクを張っておきますね。
http://web.mac.com/yonezu72/Site/Welcome.htmlついでに(?)川本先生のも。
http://www.kojikawamoto.com/jp/ちなみにご夫妻には、そのあとのリュブリアナ滞在中にも、素敵なおうちにお招きいただき、美味しいお手製ご飯までいただいたり、どんどん将来のことで話が弾んだりと、ものすごく有意義で楽しいひと時を過ごさせていただきました。
お二人とは、なんだかまだまだこれからも、離れた場所にいながら、深い、素敵な関係が深まっていく予感がしています。
というわけで、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
いろいろと、本当にありがとうございました!!
ええと、そしてザグレブで再会したのが、留学中に同じゼミにいたクロアチア人、ダニエラと、その彼氏さんのゴルダン。

もういまだからぶっちゃけられる話ですが、ダニエラとは、留学中(というか人生において)後にも先にもなく、一度 the 女のバトル? を繰り広げたことがあるのです!!
当時の事件を知るごく限られたメンバーに、ダニエラの家に行くというと、唖然とされました(笑)
でももちろん、留学を終えるまでに昨日の敵は今日の友〜になってましたけどね、ちゃんと。だから今回も、クロアチア遠征を決めたんだし。
彼女もまた、二日間まるまる会社の休みをとってまで、ミヒャエラに負けず劣らず完璧なおもてなし&ツアコンを努めてくれました。
初日はザグレブ観光。旧市街はひたすら歩いて、さらに彼女の車で、ツーリストではなかなかいけない、ちょっと離れた場所の建築探訪までがっつりつれてってくれて。
あらゆる場所での彼女の解説が、これまたどこのガイドさん!?と思わせる無欠・周到さ。年代、様式、特色、時代背景、なんでもござれですらすら答えてくれるのです。
効率よいルートもちゃんと事前に考えてくれてたそうで、一日でこんなにも!?というほどたくさんのものを見てまわれて、途中に立ち寄ったケーキ屋さんやカフェの味まで抜群でした!
夜は毎食、外食ではなく、彼女たちが時間をかけた、お手製郷土料理をふるまってくれました。とくにゴルダンの料理の腕前は秀逸。素材も、お肉、野菜、チーズなど大半が、そもそも自家製なのです。

そう、この日の夕食には、近くに住む、ゴルダンのお姉さんとそのご家族も招待されていて、みんなでにぎやかにいただきました。
二人のおちびちゃん、もちろん言葉わかりませんけど、あっというまになつかれて・・・というか、完全に私おもちゃがわりにされて、叩かれるわ髪引っ張られるわ飛びつかれるわ、さんざん。
そんな憎たらしいおちびちゃんたちも、別れ際には寂しさを隠せず、「次はいつ会える?」と聞いてきてくれたり、「私、まだアヤナにキス出来てないの・・・」なんていって帰るのをごねたり、いやあ、やっぱりなんだかんだで、最後は子供ってかわいいなあ。むふふ。
二日目は、またもや彼女の運転で、ザダルという、ザグレブからなんと300キロも離れた海岸沿いの町までエクスカーションしてきました。

この小さな街は、ローマ時代の遺跡の名残がそこらにあるとてもエキゾチックな街で、かつ海のそばだから本当に気持ちいい。
そしてシーフードが抜群にうまいっ!!
とくに感激したのが、海岸沿いに、国内のとある建築家の発案によって、なんと水平なパイプオルガンが組み込まれた岸が続く場所があるのです。
言葉だけでは仕組みを説明しづらいですが、要は潮の満ち引きや波によって入り込む空気圧の違いで、絶えず、あのパイプオルガンのランダムな音色が、そこここから聞こえてくる、それは不思議で愉快な海岸なんです。身を任せているだけで心地よい、自然から生まれた音のあそび。
ついつい日の入りの時間までのんびりしてしまって、帰りは夜の予定のために、なんとALWAYS時速160キロごえでハイウェイを爆走することに。
いつぞやの戦いのことなんてなんのことやら〜(一応最後まで互いの地雷は踏まないように気を使いあってましたが・・・笑)、二人ともスピードに負けないハイテンションぶりで、留学時代の思い出に浸ったり、最近自分の生活のなかで考えてることを伝え合ったり、話題は終始つきず、でした。
私がこの日サラエヴォ行きの夜行に乗り込むまでに、ザグレブの隣町にある彼女のご実家に寄って、夕飯をご馳走になってきたのですが・・・
一言で言って、この家族、 超パワフル!!!!

体格に比例して、テンションの高さも尋常じゃなかったです。
とくに、写真でがっしり私の腕がためをしてるダニエラのおばあちゃん。
誰一人英語が喋れないので、肝心なとこはダニエラの通訳にたよりつつ、あとはずっと「ダー(YES)」か「ドブロー(GOOD)」とだけ言ってテンションをあわせておく他ありませんでした。
なんせ、こんな小さな町にいきなり物珍しい東洋人が来たってことで、ほんと皆さん大盛り上がり。
次々にいろんな料理を勧めてきて、そのたびに「ドブロー」とだけ言う私を見て、いちいちぎゃぼーーっとテーブルひっくり返しそうなほど大ウケ。(あまりにウケがいいもんだから、イントネーションが同じだけに、だんだん自分が、クロアチア版世界のナベアツにすら思えてくるほどだった)
さらには、隣の家のおっちゃんまで騒ぎを聞いてかけつけてくる。
で、みんな一様に、
「この街に嫁にこないか?いい婿紹介してやっから!」
と、真剣に嫁ぎを勧めてくる始末。隣の家のおっちゃんなんか、ほんまに息子さんの写真もってきて見せてきたし。
もうなにがなんだかの異様なムードのなか、どっさりと(やや怪しげな)お土産をもらって、ひねりつぶされそうなくらいの力でハグしてもらって、さびしいけどお別れ。
あのにぎやか過ぎる家を出てきたあとの寂寥感といったらなかった(笑)
最後はダニエラとゴルダンに見送られて、スロベニアまでのしっとりとした旅とは一転したにぎやかクロアチア旅を終えたのでした。
ああ、もうここまででどんだけ書いたかわからないが、ここまで書いたからにはあと一件!ホットな今日のこと。
無事にヴァンター空港に帰国して、ヘルシンキに出てきて、中央駅で待ち合わせをしていたのが、昨年のフィンランド国内のあらゆる賞を総なめにして一躍有名になられた映画監督、Petri Kotwicaさん。
彼との信じられない出会いについては
こちら参照。
あれ以来、メールやFACEBOOKでコンタクトを取り続けていて、私がフィンランドに来たときには是非ヘルシンキで再会しようと約束していました。
とはいえ、今や世界的に活躍されてる偉大なお方なので、最近はフィンランドを不在にしていることも多くてなかなかお互いの時間があわなかったのですが、今日の夜、いろいろお仕事も残っている多忙ななかで時間をつくってくださり、本日無事に再会!!
この国でまさかのジャパニーズ・アクトレスとしても活躍中の舞さんも、合流してくださいました。
それにしても、有名人さんと、ふつーに中央駅の人が一番通る切符売り場前で待ち合わせできるこの国のスケールと寛容さがうらやましい(笑)
ぎりぎり日没前の時間に待ち合わせていたので、夕食の前にと彼が提案してきてくれたのが、
一緒に、オタニエミをメモリアル。ウォーキングしにいこう!
という素晴らしいプラン。
世代こそ違えど、お互いの学生時代の思い出の地であり(ペトリさんも、4年間オタニエミに住んでいた。大学は途中でやめてるけど。しかもなんと、同じマンションにすんでいたことまで発覚した!!)、かつ、二人を結びつけた映画の舞台の町を、監督さんと一緒に歩けるなんて、このうえなく贅沢な時間ではないですか!

メインビルディング前に車を泊めて、ロケの中心であった建築学科棟、二人ともお気に入りの海岸沿いの白樺林、今も昔も変わらず学生たちに愛されるサウナ小屋、そして20年の時を経てそれぞれが住まわっていたjAMERANTAIVAL 11のアパート・・・と、ぐるりとオタニエミ学生村を一周。
ペトリさんと喋っていて、ここでの学生のすごし方って、ほんと20年前と何も変わってないんやなあと実感。
ヘルシンキからたった15分なのに、なーんにもない、都会から隔離された小さな学生村(もはや森)だけれど、だからこそ、長年ライフスタイルにも大した変化もおきず、いつの時代も、学生は自然の中でサウナと野外ビールだけを楽しみにのんびり生活していられるんやろうね。
これからも、ずっとここはそんな感じなのでしょう。
またいつか遊びに戻ってこられたときに、今と同じような穏やかな気分にさせてくれる不変の学生村であってほしいものです。
そのあとはヘルシンキに戻ってきて、ラハティにスキー観戦にいってた木内さんとも合流して、四人でフィンランド料理レストランで夕食。
帰り際には、舞さんのおうちまでしっかり贈ってくれただけでなく、私のでっかい荷物を四階まで運んでくださって・・・
正直、天下の映画監督さんが、完全にポーターになってしまってるその異様な様に、感謝しつつも笑いがもれそうでした、ごめんなさい。
前作のとあわせてDVDなどもいただいたので、また帰国したらゆっくり鑑賞しようと思います。
最後のほう、駆け足すぎて感動の薄い文章になってしまいましたが、とにかく会う人会う人、あまりに魅力的過ぎて、そのたびに濃密な時間を共有させていただいてます。
まさに今回は、素敵な人たちにもう一度会うための旅、という感じです。
明日明後日もそんな感じを引き継いで、あっという間にタイムリミット・・・となるのかな。
あ、隣の部屋で作業中のまいさーん、帰る前に写真一緒にとりましょうね!!
(今日一緒に撮ったと思ってたら、ペトリさんのカメラだけだったみたいで・・・笑)
ではでは、あしたもはやそうなので、今日はおやすみなさい。
2009.3.8.Sunnuntaina
ayana@espoo,fi